「マーケティングは経営そのもの」これからの時代を生き抜くために必要なマーケターの素養

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    ※【Markezine】「マーケティングは経営そのもの」これからの時代を生き抜くために必要なマーケターの素養 より転載

    定期誌『MarkeZine 』1月号の企画「2020年のマーケティング戦略」に、「マーケティングとは経営そのもの。2020年は“マーケティング経営”を浸透させたい」とメッセージを寄せたラクスルの田部正樹氏。2014年、当時20人程度だったラクスルに参画し、テレビCMに大幅な投資をして同社を爆発的に成長させた立役者だ。「自社がどうなれば“勝ち”なのか、それを見出すことはマーケターにとって欠かせない視点」と語る田部氏に、自身のキャリアと経営視点を備えたマーケターになるための条件を聞いた。

    自分のマーケティングに再現性があるのか

    ノバセル株式会社代表取締役の田部正樹

    ラクスル株式会社 取締役CMO/アドプラ事業本部長 田部正樹(たべ・まさき)氏

    1980年生まれ。大学卒業後、丸井グループに入社。主に広報・宣伝活動などに従事。2007年テイクアンドギヴ・ニーズ入社。営業企画、事業戦略、マーケティングを担当し、事業戦略室長、マーケティング部長などを歴任。2014年8月にラクスルに入社。マーケティング部長を経て、2016年10月から現職に就任。2018年より、約50億円かけてラクスルの売上を約25倍に成長させてきたマーケティング経営のノウハウを詰め込んだ新規事業を立ち上げ、事業責任者を兼任している。

    ――1月号ではご協力いただきありがとうございました。MarkeZineでは以前から「マーケティングを経営ごとに」と掲げているので、田部さんのおっしゃるような「マーケティングとは経営そのもの」というメッセージを広げていきたいと同時に、その真意を特に若手の方に対してぜひ解説いただきたいと考え、改めて取材の依頼を申し上げました。まず、これまでのキャリアについてうかがえますか?

     2004年に新卒で丸井グループに、2007年にハウスウェディング事業を展開するテイクアンドギヴ・ニーズ(以下、T&G社)に入社し、現在のラクスルには2014年に参画しました。僕自身が印刷サービスの「ラクスル」をテレビCMに投下して大きく伸ばした経験から、2018年にはテレビCMの制作・放映・分析までを一気通貫で支援する事業を立ち上げて、こちらも軌道に乗っています。

     元々、大学時代に自分で商売をしていて、マーケティングというより経営そのものに興味がありました。これまでのキャリアを振り返ると、それぞれの場で学びがあったと思います。丸井での3年半は、広報や宣伝に携わりながら店頭にも立っていたので、顧客と向き合うことの重要性を学べました。

     ただ、丸井ではマーケティングの4Pでいうとプロモーションを主に担当する“プロモーター”だったのに対して、T&G社では4P全般に関わり、ベンチャーで機能も分かれていなかったので営業戦略や事業戦略にも携わって、とにかく企業価値を上げることが求められていました。この経験から「もしPLが改善しないなら、そのマーケティング施策はやらないほうがいい」といった考え方を持つようになっていきました。

    ――T&G社では事業戦略室長、マーケティング戦略部長を歴任されています。なぜラクスルに転職を?

     T&G社は経営的にかなり厳しい時期もあったのですが、前述の考え方でPLを改善することができ、企業としてはV字回復を遂げることができました。そこで、自分のマーケティングが再現性のあるものなのか、もう一度ベンチャーに入ってトライしてみたいと考えたんです。また、これまでtoC領域でマーケティングをしてきましたが、BtoBのほうがロジカルに企業価値向上の道筋を立てていけると思ったことも理由のひとつです。

    科学的なアプローチで“勝ち筋”を見出した

    ――田部さんが参画されて以降、ネット印刷の「ラクスル」はテレビCMに大きく投資をして認知を広げ、売上も大幅に伸長しているそうですね。多額の投資判断を実現した経緯を教えていただけますか?

     2014年当時の状況は、売上は一桁億円、ターゲット層への認知率は10%未満でした。大きな打ち手はWebマーケティングのみで、このままでは頭打ちというタイミングでした。それが今、2019年7月期で売上は171億円、2018年の東証マザーズ上場を経ても成長が加速している状況です。

     僕がマーケティング責任者としてまず行ったのは、会社全体で「顧客は誰なのか」を見極めたことです。すると法人によるチラシのネット印刷の収益性が最も高かったので、ここにフォーカスしようと決めました。具体的には「働く人のネット印刷」というタグラインを設定しました。

     その頃はまだスタートアップのテレビCMは珍しく、toCのGunosyやメルカリくらいで、僕らのようなBtoBのスタートアップのテレビCMが当たるのか、自信はありましたが事例がないだけに踏み込む怖さはありました。ただ、課題が認知にあることは明らかでした。ネットビジネスは検索流入量が成否を大きく左右しますが、僕らの場合は「ネット印刷」というカテゴリー自体が新しく、先行企業の社名のほうがカテゴリー名より4倍も検索されていたんです。そうすると、いくらカテゴリー内でシェアをとっても勝てない。社名の純粋想起を増やして「ラクスル=ネット印刷」という構図を作り、「ラクスル」の検索が先行企業の社名検索を上回らないといけなかった。

     そのための認知効率が最も高いのが、テレビCMだったわけです。最終的に関東・関西圏で当てないとインパクトがないとも思っていました。

     とはいえ前述のように事例もなくノウハウもないので、まず出稿料が100万円単位でも充分に効果を出せる地方で試したんです。WebマーケティングのABテストと同じように複数パターンを出稿して分析し、反応が良いものを中規模都市に出稿しました。そこで当たって初めて「これが勝ち筋だ」と見えたので、関東・関西に自信を持って出稿することができたのです。テレビCMの効果を可視化し、小さく当てて大きくするという基本的なことをしただけだと思っています。

    経営者と同じ目線で語れているか

    ――最終的に関東・関西圏への投資を実現するにはどうすべきか、ストーリーがあったのですね。……とはいえ、売上額の50%を超える金額をテレビCMに投じるのは、やはり大きな決断だと改めて驚きます。

     そうですよね。実現できたのは、私自身が経営者だったからだと思います。経営者が見ているのは売上高であり成長率であり、企業価値が上がっているかどうかなので、勝ち筋があって投資回収が計算できていれば、その判断はそう難しくないはずです。僕がもし、単に「テレビCMを打てば認知が上がるんです」とか「ブランディングが大事です」と言い張っていたら、決して実現しなかったと思います。

     もちろん、プレッシャーはありました。ただ、一方で僕自身、1年で結果を出さなければクビという前提で入っていたので、大きく勝てる戦略を立てて実行するしかなかった。その中で「検証しながらやる」という当たり前のことをやっただけですが、結果的にあのタイミングでテレビCMに大きく投資できたからこそ指名検索数と新規注文者数が爆増し、今の当社につながったとも思います。

    ノバセル株式会社代表取締役の田部正樹

    ――その経験を基に、今度はテレビCMの制作・放映・分析までを一気通貫で支援する事業に注力されているのですね。次に「マーケティングは経営そのもの」というお考えについてうかがっていきたいのですが、先ほどの「マーケターが経営者と同じ目線になる」ことなどからも、一貫した考え方があるのではと感じました。どの時点から、マーケティングは経営そのものだと思うようになったのですか?

     T&G社のときですね。大幅な赤字を出し時価総額が約10分の1程度に急落し、社内が騒然とした時期がありました。当時、会社の2大コストは、営業なども含めたマーケティング費と人件費の2種類でしたが、そんな状況だとマーケティングに費用を割くのは切実です。若いウェディングプランナーが現場で必死に稼いできたお金を使って、企業価値を向上させるのはマーケティング責任者の宿命ですし、改善できないなら使わないほうがいい。

     そのとき、マーケティング費は“自分の財布だ”と、お金を使うことについて一気に自分ごと化しました。1円の価値をわからずによくわからないものに投資していいわけはない、と。考えてみれば、売上5億円の会社が1億円を広告宣伝費に使うのは、年収500万円の人が100万円を投資するのと同じです。自分のお金だったら、よくわからないものに投資しますか? めちゃくちゃ検討しますよね。

    自分の財布だったら投資回収の計算は当然

    ――そうですね、めちゃくちゃ考えます……それだけの価値があるのか、回収できるのか。

     だから、投資回収を考えるのは当たり前のはずなんです。自分の財布や、家計だと思えば当然なのに、なぜか会社になるとこの視点を持てない。自分のお金、あるいは現場が稼いできた貴重なお金だと考えられないマーケターや、それを助長する人が少なくないとも感じています。それはぜひ、やめて欲しいなと思いますね。誰のお金を使っているのかを常に考えることは、商売の原点だと思います。それが投資回収を重視することにつながりますし、経営者と同じ目線にもなっていきます。

     経営者は会社のお金のすべての収支を見ているわけで、マーケティング費は会社の2大コストのひとつなのだから、当然マーケティングは経営に大きなプラスインパクトを与えなければならないんです。もっと言うと企業価値を上げなければならない。「マーケティングは経営そのものだ」という言葉には、そういう意味を込めています。

    ――なるほど。経験が浅かったり、目の前の細かい指標の達成に追われていたりすると、なかなかPLを意識するのが難しいこともあると思います。経営の視点を備えたマーケターになるための土台があるとするなら、どんなことだと思われますか?

     大前提であり絶対的な条件は、「勝ち」を考えられることだと思います。結果を出すとかインパクトを与えるとか、言葉は様々ですが、自分の会社が3年後や5年後にどうなったら「勝ち」なのかを定義して、そのためにどうするかを突き詰める。これは商売の基本でもあると思っています。

     僕が参画した当時のラクスルなら、爆発的な成長をさせること。T&G社にいた時なら、V字回復を遂げて経営を安定させて売上利益を伸ばすことが「勝ち」でした。それを見据え、何年で達成すると決めるところが経営視点を持つ出発点になります。

    経営視点を備えたマーケターになるために

    ――では、その上で必要な素養やスキルは?

     必要な素養としては、4つほどあると思います。まず、今お話しした「最後に勝っている姿」をイメージして、そこから逆算して戦略を立てられるかどうか。

     2つ目は、顧客に選ばれる理由をしっかり把握できているか。その答えは会社の中に既にあるかもしれないですし、なければ価値を開発することも仕事です。マーケターは「顧客に選ばれる理由」を見つける人でもあるので、それを見出して伝わる価値に落とせることは大事な素養です。裏を返せば「我々はなんのために存在しているのか」と、企業価値を再確認することでもあると思います。

     そのためにやるべきはやはり、多くのマーケターの先輩方も言われていますが、顧客と向き合うことです。ネット系サービスだと顧客に会って話を聞いたりしていない場合も実は多いですが、日常的に顧客の声や、まだ使っていない人の声を聞いて深層心理を探ることはとても大事です。僕もラクスルのテレビCMを打ったとき、自分でカスタマーサポートの電話に出て質問や不満を受けていましたし、昨年はテレビCM制作支援の新規事業で年間500件のアポを回り、顧客の声をフィードバックしていきました。近年大きく伸びているネットビジネスだと、スマートニュースやビズリーチは好例だと思います。

     3つ目は、描いた戦略を回せる組織を作れるか。戦略を立て、顧客に選ばれる理由を見つけるのは究極一人でもできますが、その戦略に基づいてPDCAを回すのは、一人ではできません。再現性と拡張性を組織で担保する必要があります。

    そして4つ目、最後にそれらの投資対効果をきっちり見極めて意味のある頻度でKPIをモニタリングし、経営にインパクトを与え続けていけること。この4つを身に付けられたら、目線だけでなく手腕としても、まさに経営陣レベルになれると思います。

    可視化にこだわる人だけが生き残れる時代へ

    ――そこまでできたら、どこでも通用する人材になれそうです。

    マーケターについて語る田部氏

     そう思います。僕自身はマーケターであり経営側ですが、いち担当者で権限がなかったとしても、自分が任されている範囲のPL、つまり売上とコストとそれらを差し引きした利益を出すことはできます。なので、先ほどお話ししたことは事業部やチーム単位でも実践できるんです。

     もっと言うと、「勝ち」を考えるのは個人のキャリアにも適用できます。自分自身が何年後にどうなれば「勝ち」なのか、自分自身を経営するつもりでプランニングしていけば、自分の価値は上げられるはずです。

     むしろ、そうしないと目線が上がらず、今後は本当にビジネスパーソンとしての生き残りが厳しくなっていくと思います。2008年あたりの不況時、いちばん初めにカットされたのは、PLインパクトを生み出していない施策や、明確に投資回収を説明できない仕事をしている人たちでした。今は持ち直しましたが、次に同等の不況が来たら、もう持ち直せないかもしれない。すると、完全に仕事がなくなる可能性もある。

    ――厳しいですが的確なご指摘ですね……。この春からマーケティング職に就く人や、田部さんのようなマーケターを目指す人にアドバイスをいただきたいのですが、今おっしゃった点はひとつ、考えなければいけないことだと思いました。

     そうですね。先ほどお話しした4つの素養をまとめると、マーケティングとは「企業を勝たせるための戦略を立て、実行し、成功し続ける仕組み作り」だと定義できますが、これはそのまま個人のキャリア戦略にも当てはまるので、ぜひ考えていただきたいです。個人で経営目線を持てれば、最終的に一人でも戦える人になれます。同時に、そういう人を企業は求めています。

     もうひとつアドバイスをさせていただくと、今後はますます「可視化」できないと話にならない時代になります。そもそもWebマーケティングがここまで急速に広がった要因は可視化できるという点です。オフライン広告は可視化から目を背けてきました。今、広告代理店などの支援側にいる方も感じられているかもしれませんが、事業会社の責任者や経営陣クラスの可視化へのリテラシーは上がっているので、彼らと対等に渡り合えないと仕事ができません。今自分が関わっている仕事=投資に説明責任を持たないといけないということです。そうではない仕事は徐々に価値を失っていくと思います。

     僕自身、マーケターの価値を上げたいと思って「マーケティングは経営そのもの」といったことを発信しています。実際、CMOはC職全体では末席に位置づけられながら、売上の全責任を負っていることも少なくない、非常に重い職です。自分の会社を勝たせること、勝ち続けることがマーケターの価値を上げていくことにつながるので、共感し実践してくれる人が増えると嬉しいです。